「点滴、もうつらいって言ってるんです。でも、治療をやめるって、いいんでしょうか?」
ある50代の娘さんが、病室の隅で私にそっと声をかけてきました。
そのとき患者さんは、数週間にわたり治療を受けている高齢者の方。薬の影響で食欲は低下し、表情も硬く、会話も減っていました。
治療を続けることが“本人のため”だと信じている一方で、その選択に迷い始めている――そんなご家族の姿を、私は現場で幾度となく目にしてきました。
この記事では、「治療を続けるか、それともやめるか」に悩むご家族へ向けて、
●やめたときに何が起こるのか
●判断に必要な視点や準備
●現場で感じたリアルな変化
をお伝えします。
選ぶことは、迷うことです。
でも、迷いを重ねた末にたどり着いた選択なら、きっと後悔は減らせるはずです。
治療をやめるとき、いちばん悩むこと
「もし治療をやめたら、何が起きるのか」
ご家族が一番に心配するのは、まさにそこだと思います。
特に高齢になると、病気だけでなく加齢に伴う変化が複雑に重なり合います。
たとえば、代謝が落ちることで薬が効きすぎてしまったり、免疫力が下がって治りにくくなったりするケースもあります(日本老年医学会ガイドライン2023より)。
治療がつらくなる背景には、こうした身体の変化がありますが、医療側は“治療ありき”で話が進みやすいのも事実です。
そして、家族側は「やめたい」と思いながらも、
- 医師に失礼じゃないか
- 自分が見捨てるようで怖い
- 他に手立てがあるのではないか
といった葛藤を抱えます。
これは珍しいことではありません。
むしろ、家族として自然な感情だと私は思います。
だからこそ、いまの迷いを否定せず、「なぜ迷っているのか?」を丁寧に見つめ直す時間を取ることが、納得への第一歩になります。
治療をやめたあと、見えてくること
ある方のケースを紹介します。
90代の男性。数週間の抗菌薬点滴で倦怠感が続き、食事はほぼ摂れず、言葉数も減っていました。
状態は安定していたものの、ご家族の希望もあり、治療は一段落とする方針になりました。
それから数日後、彼は少しずつ表情を取り戻し、声に力が戻ってきました。
ある日は好物だった果物を口にし、「うまいな」と笑ったのが印象的でした。
治療をやめたからといって、急激に悪化するとは限りません。
むしろ“治療による負担”が軽くなることで、生活の質が上がることもあります。
もちろん、すべての方が同じように回復するわけではありません。
でも、「この人にとって何が大切なのか?」という視点で見直したとき、やめることが前向きな選択になるケースは、現場では珍しくありません。
「治す」だけじゃない選択肢
医療の目的は、ただ病気を治すことだけではありません。
とくに高齢者医療では、回復の限界をふまえたうえで「どう生きたいか」を軸に考えることが求められます。
具体的には、以下のような選択肢が現場ではよく話し合われています。
- 治療を縮小し、苦痛を和らげるケアに切り替える
- 点滴や薬を減らし、食べたい物を少しでも楽しめる時間を優先する
- 家族がそばにいられる場所へ退院する準備を進める
こうした判断を行うには、
①本人の希望
②今の身体状態
③医療的な限界
を丁寧に照らし合わせる必要があります。
私は現場で、「無理に続けるより、本人の穏やかさを守るほうが支えになる」と実感することが何度もありました。
「治療を続ける」のも、「やめる」のも、そのどちらも正解。
大切なのは、家族と本人が「納得できるかどうか」です。
まとめ:治療をやめる選択を考えるときのポイント
治療をやめるかどうかを考えるとき、迷いはつきものです。
それでも、“やめる”という選択肢があることを知っているだけで、心は少し軽くなります。
以下のポイントを参考にして、ひとつずつ整理してみてください。
✅ 判断のためのチェックリスト
- ご本人は「何を大切にしたい」と感じているか、直接話せていますか?
- いま受けている治療の“目的”を、医師と共有できていますか?
- 治療をやめたあとの生活や支援体制について、具体的に相談できる場所はありますか?
- 医療の情報だけでなく、“生活の視点”も交えたうえで検討できていますか?
- 家族の「こうしたい」「こうしてあげたい」が、本人の希望とズレていないか確認しましたか?
あなたの選択に正解はありません。
でも、誰かと話しながら一緒に考えることで、納得に近づくことはできます。
この記事が、その一歩になればうれしいです。
あなたの思いや迷いがあれば、ぜひコメントで聞かせてください。
同じように悩む誰かの力になるかもしれません。