「外に出るのが怖いんです」
在宅酸素療法を始めたばかりのご家族が、そうつぶやいた瞬間が今も忘れられません。
酸素ボンベを持つ手は少し震え、お母さんの視線は床の一点に落ちていました。
それは、装置の使い方を説明していたときのことです。
私は、回復期病棟で多くの患者さんとご家族を見送ってきました。
その中で感じたのは、外出をためらう気持ちは「できないから」ではなく、「もしもの時にどうすればいいか分からない」不安が原因だということです。
この記事では、「怖い」という気持ちを出発点にして、
外の世界へ安心して一歩踏み出すための6つの工夫をお伝えします。
不安を“準備力”に変える
「怖い」と感じるのは、大切に思っているから
「連れて出て、何かあったらどうしよう」
そんな気持ちは、誰よりも家族を思っている証です。
“怖い”という感情は、見方を変えれば**「備える力」**になります。
たとえば「酸素が足りなくなったら」という不安は、あらかじめ使用時間を確認し、タイマーを使うという行動に変わります。
不安は消すのではなく、ひとつずつ具体化していくことで、少しずつ安心に近づけます。
プレッシャーを背負いすぎないために
「もし自分の判断が間違っていたら…」
そんな重荷を、ひとりで抱え込んでいませんか?
在宅ケアでは、“決める立場”になることが多く、その責任感から判断を避けたくなる場面もあります。
でも、ひとりで決める必要はありません。
訪問看護師やケアマネージャー、かかりつけ医と話すことで、選択肢の見通しが立つだけでなく、気持ちも整理されるはずです。
外の空気が変えるもの
「ベンチに座って深呼吸したら、涙が出てきた」
そんな声を聞いたことがあります。
酸素療法が始まると、「外出=無理」と思い込んでしまうこともありますが、ほんの少し空を見上げるだけでも、気持ちは大きく変わります。
屋外の空気、光、風、人の気配。それらは、患者さんの中に眠っていた意欲を呼び起こすきっかけになります。
はじめての外出を安全にするために
機器選びは「今の生活」に合ったものを
携帯用酸素ボンベか、濃縮器か。
どちらが向いているかは、その人の使う酸素の量や移動時間によって異なります。
退院時には業者に相談し、一度、家の中で動きながら試してみるのがおすすめです。
安全性も大切ですが、本人が「動きやすい」と感じるかも大事な基準です。
移動手段も無理なく、工夫を重ねて
自力での歩行が難しい場合は、キャリーカートや車椅子、マイカーの利用も有効です。
出かける場所は、静かで段差の少ないところを選ぶと、安心感が違います。
「どこまで行くか」ではなく、「どこまでなら戻ってこられるか」を基準にすることで、過度な緊張や負担を防げます。
いざという時の備えが安心を生む
「もし、何かあったらどうしよう」
この気持ちは、行動を止めるブレーキになります。
ですが、緊急連絡先のカードや、酸素機器のトラブル時の対処メモを準備するだけで、不安はぐっと軽くなります。
ご本人と一緒に“練習”しておくと、「知っている」ことで心が落ち着く効果もあります。
環境を読む目をもつ
外出先で避けたいのは、喫煙所や炎の近く、直射日光の強い時間帯など。
酸素は火気に非常に敏感です。
また、バッテリーやタンクの消耗を防ぐために、涼しい時間帯を選ぶのも大切な工夫です。
場所と時間を工夫することで、「安全な外出」はぐっと現実的なものになります。
「生きている」と感じる外の時間
小さなルーティンが自信を育てる
「毎朝5分、玄関前で過ごす」
それだけでも立派な外出です。
続けることで、本人の体力だけでなく、家族の安心感も少しずつ積み重なっていきます。
はじめは数分でも、「できた」が積み重なると、「またやってみよう」に変わります。
本人の声を聞く時間を忘れずに
「今日はどこに行きたい?」
そう尋ねてみてください。
酸素が必要になっても、「選ぶ」という行為が自尊心を支えます。
“やってもらう”だけでなく、“選べる”ことで、人生の手綱を取り戻す力になるのです。
景色が心を動かす力を信じて
自然の中にいるだけで、人の気持ちは穏やかになります。
花を見たり、鳥の声を聞いたり。
それだけで、病院では見せなかったような笑顔がこぼれることもあります。
そしてその笑顔は、長く介護を続けてきたご家族にとっても、大切なごほうびになります。
おわりに——「やってみてよかった」の未来へ
- 不安は、守りたい気持ちの裏返し。無理に消す必要はありません。
- 小さな準備で、大きな安心に変えることができます。
- 本人の気持ちを聞くことで、自分らしさが戻ってきます。
- 外の景色や空気は、体だけでなく心にも効きます。
- 外出は、患者さんだけでなく介護者の心も癒します。
あなたにできる小さな一歩
- □ 自宅で装置を試してみる
- □ 行けそうな場所をひとつ探しておく
- □ 家族と「どこに行きたいか」話してみる
- □ 緊急連絡カードを作る
- □ 玄関先で風を感じてみる
あなたの「やってみた」が、誰かの勇気につながります。
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あなたの声が、次の一歩を踏み出せない誰かの光になるかもしれません。