「そんなの使いたくない」
在宅酸素の機器を前にしたお父さんが放った言葉に、隣にいた娘さんは何も言えませんでした。
不安そうなまなざしで私を見つめ、「どうしたらいいのか分からない」と口には出さずに問いかけていました。
私は回復期病棟で、同じような場面に何度も立ち会ってきました。
在宅酸素への拒否は、決して珍しいことではありません。
でもそれは、「説明が足りないから」でも「頑固だから」でもないのです。
この記事では、そうした拒否の背景にある“感情”に目を向け、
**「どうしたら使ってくれるか」ではなく、「どう寄り添えばいいか」**を出発点に、
現場で役立った7つの工夫を紹介します。
拒否の裏にある本当の気持ち
「使いたくない」は、機械のことじゃない
拒否の言葉の裏には、「こんな姿を見られたくない」「もう元には戻れない」という想いが隠れています。
ある男性はこう言いました。
「俺は昔、建設現場でビルを建ててたんだ。今は酸素ボンベなしじゃ歩けないなんて、みじめだよ」
彼が拒んでいたのは、機械ではありません。
“かつての自分”とのギャップにどう折り合いをつけるかだったのです。
恥ずかしさやプライドが先に立つとき
酸素を使う姿は、どうしても目立ちます。
「人に見られるのが恥ずかしい」「弱く見られたくない」という気持ちは、特に男性に多く見られます。
ある患者さんは、
「近所の人に見られたくない。管をつけて外に出るなんて、情けない」
と話してくれました。
そんな時は、
「そう感じるのは自然なこと。でも、強さって“がんばらない選択”から生まれることもあるんですよ」
と返すようにしています。
「これを使ったら終わり」――その誤解
酸素を使うことは、“もう回復しない”というサインだと思っている人もいます。
でも実際は、日常生活の質(QOL)を保つためのサポート手段です。
COPDや間質性肺炎などの疾患では、酸素を使うことで疲れにくくなり、
「外出できた」「食事をゆっくり楽しめた」という声も聞かれます。
「酸素は“終わり”じゃない。“これからの時間を守る道具”ですよ」
そう伝えると、受け止め方が少し変わることもあります。
対話の糸口を見つける
アドバイスより、まず“気持ちを聞く”
拒否に対して説明を重ねるより、「何が嫌なのか」を聞く方が、先につながります。
たとえばこう問いかけてみてください。
「いちばん不安なのって、どこですか?」
「使いたくないって、どんな時に思うんですか?」
「聞いてもらえた」と感じたとき、
人は、少しずつ気持ちをほどいていくものです。
「やってみるだけ」から始めてみる
説得より、「10分だけ試してみる」くらいの距離感が、意外と大きな一歩になります。
たとえば、
「今日は決めなくていいよ。ただつけて座ってみようか」
という声かけなら、本人のペースを尊重できます。
実際に試して「案外ラクだった」と感じる方もいます。
“使う”ことではなく、“感じてみる”ことを目標にすると、ハードルはぐっと下がります。
すぐに受け入れなくてもいい
「今はイヤ」で終わらせない余白を
拒否は一度きりの選択ではありません。
「今日はイヤ」でも、「また話そうね」があれば、会話は続けられます。
ある娘さんは、
「じゃあ、今日はやめておこう。また来週話せるときにね」
とだけ伝えたそうです。
2週間後、お父さんの方から、
「あの酸素のやつ、ちょっと見せてくれ」
と声をかけてくれたといいます。
急がなくていい。でも、離れないことが大事なのです。
本人の「やりたいこと」から逆算する
「酸素を使ってほしい」ではなく、「何をしたいか」を聞いてみてください。
「何ができるようになったらうれしいですか?」
「どんな日をまた過ごしてみたいですか?」
たとえば、「孫の誕生日に外出したい」なら、
その実現のために酸素が役立つと分かったとき、**“目的のある使い方”**に変わります。
「酸素を使うかどうか」は、その人が「どんな自分でいたいか」によって変わるのです。
介護者のあなた自身を守ること
自分を責めなくていい
説得できないことに疲れてしまったり、「ちゃんと介護できていない」と感じたりしていませんか?
でも、相手の拒否はあなたのせいではありません。
そして、あなたが感じているその“しんどさ”にも、ちゃんと向き合ってほしいのです。
「今日はつらい」「どう接していいか分からない」
そう言葉に出すだけで、心が軽くなることもあります。
ひとりで背負わない
看護師、ケアマネ、訪問看護、地域包括支援センター――
話せる相手がいるだけで、状況は変わります。
自分で説得しなくても、他人の声を借りることは立派な選択肢です。
別の立場の人が話すことで、すっと納得してくれる方も少なくありません。
「本人が受け入れた」のではなく、「一緒に考えられるようになった」
――それが、目指したいゴールなのかもしれません。
おわりに 〜「拒否」は終わりじゃない〜
在宅酸素を拒否する気持ちは、「怖い」「認めたくない」「まだ大丈夫でいたい」という
とても人間らしい、自然な感情です。
だからこそ、すぐに受け入れてもらうことを目指すのではなく、
少しずつ“安心”を積み重ねることを目標にしましょう。
✅ ポイントまとめ
- 拒否は「ダメなこと」ではなく、ごく自然な反応です
- 説得より、まず「何がつらいのか」を聞いてみましょう
- 試すだけ、10分だけ、少しだけで十分です
- 本人の「やりたいこと」から逆算して提案しましょう
- 拒否されても、「また話そうね」が続ける力になります
- 自分を責めず、誰かに相談してください
✔ あなたにできることチェックリスト
- □ つらさを言葉にしてみる
- □ 話せる人・専門職をひとり思い浮かべる
- □ 本人の“やりたいこと”を聞いてみる
- □ まず10分だけ酸素を試す時間を提案してみる
- □ 拒否されても、また聞ける雰囲気を残す
この体験を通じて気づいたこと、感じたことがあれば、
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あなたの声が、誰かの「最初の一歩」になるかもしれません。